via aotaro

デリケートな話題に切り込む

 筆者は『電王戦』がキッカケで将棋を見るようになった、いわゆる“観る将”で、去年は『電王戦』の大盤解説会にも行きました。

 さて、『電王戦』の影響もあり、将棋界にもコンピュータソフトの影響が大きくなっているそうです。そういった話題はデリケートらしく、あまりおおっぴらに語られることはないようです。そんな中、1冊の本が刊行されました。大川慎太郎さんの『不屈の棋士』です。

不屈の棋士 (講談社現代新書)
大川 慎太郎
講談社
2016-07-20

 “棋士”と“コンピュータ将棋ソフト”に内容を絞った、世間的にも注目度の高そうな1冊です。筆者は詰将棋以外の棋書はもっていないのですが、この本についてはテーマからしておもしろそうだったので買ってみました。ちなみに、噂によると著者の大川慎太郎さんは、とつげき東北さんの『科学する麻雀』の編集者だったそうです。あれは画期的でしたよね。筆者も大学の図書館で借りて読みました(笑)。

最強棋士・羽生善治と将棋ソフト

 インタビューの最初を飾ったのは、誰もが認める最強棋士・羽生善治三冠です。これまで羽生さんはコンピュータ将棋ソフトとの対局の場に出てくることはなく、昨年開催された『叡王戦』にも出場していませんでした。このインタビューでは、その理由についても語られています。羽生さんのインタビューを読んでいると、知識欲がスゴいんだなぁと思わせられます。いろんな例えがポンポン出てきます。それも含めて、羽生さんの考えの端だけでも覗けるというのはおもしろいです。

 ただ、章のタイトル「何の将棋ソフトを使っているかは言いません」は少々釣りっぽい気がします。インパクトはありますが、インタビューの内容を通して、そこがメインになっているとはとても思えません。他のタイトルがあったような気がします。また、取材が2016年2月に行なわれたとあるのに、2016年3月に行なわれた『AlphaGo』の対局についての話が出てくるのは謎です。何か手順前後があったのでしょうか。

将棋ソフトになろうとする若手棋士・千田翔太

 羽生先生や渡辺先生といったトップ棋士のインタビューだけでなく、コンピュータ将棋に詳しい棋士の先生のインタビューもあります。その中でも特に筆者が気になっていたのが、千田翔太五段の話です。将棋ソフトを研究に使っているどの棋士に聞いても「千田さんは別格」と言われるような将棋ソフトとの接し方はどういったところから来ているのかと気になっていましたが、そもそも他の棋士とは将棋を指す目的が違うんですね。とても興味深かったです。また、

たとえば一部のベテランの棋士には、「真剣に取り組んでいるのかな」と思うような人がいますからね。

という発言にはヒヤヒヤせざるを得ませんでした(笑)。ちなみに、筆者が初めてNHK杯を見たときに対局していたのが千田さんでした(対中村亮介五段戦)。

奔放な天才棋士・山崎隆之の弱さ

 棋士の中にはバイアスがかかって、将棋ソフトを過大評価もしくは過小評価、あるいはもっと違う感情をもっていると思われる人もいるようですが、その点で、第1回『叡王戦』を勝ち上がり、『ponanza』と戦い、0勝2敗で敗れた山崎隆之八段(インタビューは『叡王戦』優勝前)は、本人曰く自虐的な性格もあって、かなり歪んだ評価になっているような気がします。「将棋ソフトをもっている人とそうでない人で不平等」というのはその最たるものだと思いました。羽生さんと研究会をできる棋士は他の棋士と比べて恵まれていると思いますが、そこに文句を言っても仕方がないのと同じだと思います。また、行方尚史八段も似たようなことを話していましたが、対局相手がソフトで研究をしているかどうかを気にするそうなんですね。見ているだけの人間としては、そこを気にしても仕方がないような気がするんですよね。ソフトが指し示した候補手を採用するかどうかについても同様です。

 こういうの、筆者は勝手に「最近の若いものは……」症候群と読んでいるんですが。よく「最近の若いものは……」という言い回しがありますが、これは最近の若者に本当に問題があるから言われてるわけではなく、いつの時代もこういう言い回しはあるんです。「最近の若いものは……」と言っている人も、何十年か前にはそう言われる立場だったんです。将棋の世界でも同じで、大山時代に山田道美先生が研究会を開けば「人と研究するのはみっともない、一人で将棋の勉強をするべき」と言われ、羽生世代が序盤の研究をすれば「序盤の研究で勝とうなんてみみっちい、終盤こそが将棋の本質」と言われ、そしてソフトで研究すれば「ソフトで調べた手で勝とうなんて」云々……。それ自体に意味があることじゃなくて、ただ言いたいだけなんですよね。それを気にしても仕方がないと思っています。切り替えるのは難しいとは思いますが。

 しかし、第2期『叡王戦』に出場する気がなかったというのは驚きましたし、連盟職員に諭されて出場を決めたというエピソードにはクスリとしてしまいました。

おわりに

 今回は3人の棋士を取り上げましたが、その他にも、渡辺明、勝又清和、西尾明、村山慈明、森内俊之、糸谷哲郎、佐藤康光、行方尚史(敬称略、掲載順)といった魅力的な棋士のインタビューが掲載されています。プロ棋士に興味のある人は買って損はないと思います。

 本の構成で気になったことで、4章と5章は逆のほうが良かったように思います。順番も、糸谷→森内のほうが良かったんじゃないでしょうか。